2016年12月27日

12月27日

12月27日、机の上の小さなツリーを目の前に、僕は何をするでもなくただ呆然としている

そもそもの発端は同じゼミのしのづかさんが「私アドベントカレンダー好きなんだよね」と話し出し、それ聞いていた他の奴らが「お前もやってそうだよな」と離れたところで座っていた僕に話を振ってきたことに由来する
その時の僕はアドベントカレンダーなんて知らなかったしそれがクリスマスに関係するものだなんて微塵も思わなかった、だけどしのづかさんが「そうなの?」ときらきらした目で聞いてくるもんだから「うん、好き」と答えてしまい、それに喜ぶしのづかさんが可愛くて「いいよね、あれ、今年もやる」と適当なことを言ってしまったがために、買わざるを得なくなったのだ

ゼミが終わると僕はアドベントカレンダーについて調べ、それがどうやらクリスマス楽しく迎えるためのものらしいということを知った、カレンダーの中にお菓子やオーナメントが入っていて毎日一つずつ開けることによってクリスマスまでのわくわく感を募らせる、なるほどイベント事が大好きなしのづかさんが好きそうなことだ、そんなところも可愛らしい
僕はクリスマスにクリスマスらしいことは何もしない、チキンもケーキも食べないし自分にプレゼントも買わない、イルミネーションも見に行かないし誰かと過ごしたいとも思わない
クリスマスだけではない、お正月やハロウィン、花火や月見に夏祭り、なぜだかわからないけどイベント事に全く心が躍らない、嫌い、というより興味が無いのだ、なぜかは全くわからない
だけどアドベントカレンダーの話をするしのづかさんがあまりに楽しそうで可愛くて、彼女と同じ感覚を共有してみたいと思い、僕はついにクリスマスという未知の領域に足を踏み入れることにした

その日のうちに近所の雑貨屋へ赴きアドベントカレンダーを探した、大きいものから小さいものまでピンキリで、その中で僕は両手に収まるほどの、赤い小さなカレンダーを手に取った
中には直径1cmほどの小さなオーナメントが入っており、毎日一つずつ飾ることで25日にはクリスマスツリーが完成するというものだった
卓上に置けるサイズ感と品の良い色合い、なによりオーナメントのデザインが気に入った、見本で飾られているこれまた卓上に置けるサイズのツリーには、色とりどりの刺繍糸で吊るされた半透明の球体が、照明の光を反射させてゆらゆらと可愛らしく揺れていた
値段が少し高いことに二の足を踏んでいると、しのづかさんからどんなのにするの?とLINE来た、僕は目の前のカレンダーを写真に撮ってしのづかさんに送った、かわいいね、と返ってきたのでそれを買った、ツリーは別売りだった

それから僕は毎朝カレンダーを開けオーナメントを取り出し飾った、始めはしのづかさんと会話が出来るという不純な動機で始めたが、何も無い無愛想な状態から毎日少しずつ彩られるツリーを見てると、まるで産まれたての猿から徐々に人間らしくなっていく小さな子どものようで可愛くて愛しくて、何かを愛でるという感覚がよくわからない僕は、自分がようやく人間になれたような気がして喜んだ
街で流れるクリスマスソングに心が躍る、近所のコンビニでケーキとチキンを予約した、今まで楽しめなかったことを楽しむことでより人間になれるような気がした

クリスマスまで10日を少し切ったころ、ツリーを飾ることで人間になれた僕はこの感動を誰かに伝えたくてバイト先のにのみやさんにカレンダーの話をした
にのみやさんは二個上で仕事が出来て誰にでも優しい、目が少しきついが背の小ささで上手く愛嬌を保っている、僕は毎朝カレンダーを開ける楽しさとツリーが彩られる喜びをにのみやさんに話した、なぜしのづかさんではなくにのみやさんなのかはわからない、にのみやさんはにこにこしながらいいね、と言った
「にのみやさんはツリーとか飾らないんですか?」何の気なしに尋ねるとにのみやさんはにこにこしながら「片付けられなくなっちゃうから」と答えた
え、と思う間もなくにのみやさんはお客に呼ばれて注文を取りに行った、キッチンの人が料理を出して僕はそれをにのみやさんとは逆方向のテーブルへ運んだ、それ以降にのみやさんと会話することは一度もなかった

家に帰って机の上の、まだ下の方が少し淋しいツリーを眺めた、しばらく眺めたあとテレビを点けるとお笑いタレントがクリスマスにちなんだトークをしていて、それを聞きながら普段よりも少し大きな声で笑った

12月25日、オーナメントの最後の一つを飾った僕は、完成されたツリーを見てその美しさに見惚れてしまった、ベランダに出して半透明に朝日を反射させるとLEDとは違う柔らかい光がオーナメントの中できらきらと輝いていた
明日の朝に片付けよう、そう思ってその日は実にクリスマスらしく過ごした、チキンとケーキを食べ自分用に買ったマフラーを巻いてイルミネーションを見に行った、しのづかさんからLINEが来ていたが無視した

12月26日、タイムカードを切り店を出ようとする僕ににのみやさんが話しかけて来た
今日も疲れたね、キッチンの人がパセリ乗せ忘れてたねと言いながらタイムカードを切ったにのみやさんが「ツリーは片付けた?」と聞いてきた
「片付けました」と返した僕ににのみやさんはそう、と答えた店を出た、にのみやさんが見えなくなってから、僕もようやく店を出た

12月27日、片付けられない小さなツリーを目の前に、僕は何をするでもなくただ呆然としている
オーナメントがきらきらと輝くのを眺めながらテレビを点けると、コンビニのCMで二世タレントがおせちの予約を促していた、全部聞き終わる前にテレビを消した、ツリーを片付けられない僕を無視して、オーナメントはずっときらきらと輝いてた
posted by 沈ゆうこ at 16:07| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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